大判例

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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)574号 判決 1960年8月31日

控訴人(原告) 山崎栄代治

被控訴人(被告) 新潟県知事

訴訟代理人 板井俊雄 外三名

原審 新潟地方昭和三一年(行)第五号(例集一〇巻一号17参照)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決をとりけす、被控訴人が昭和三一年三月二六日附新潟県指令第七七五号をもつてなした、三条市農業共済組合に対する合併認可処分が無効であることを確認する、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否はつぎのとおりおぎなうほか、原判決事実らんにしるすとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の主張する事実)

一、原判決は農業災害補償法(以下たんに法という)第三二条第三項により山田勝蔵ら五名が前任理事として任期満了後も理事としての職務権限を有していた、と認定したが、みぎは法規の誤解に出でたものである。すなわち同項の法意は農業共済組合の公共性にかんがみ、すでに任期満了により退任し理事でない者にたいし、後任の理事が就任するまで暫定的に理事としての権限を付与し、事務の停滞をさけるために設けられた規定にすぎない。したがつて本件のようにすでに後任の理事が就任し、理事の職務を執行していたけれども、その選任の手続が無効であつた場合にはその適用がない。

二、かりに山田ら五名の者に退任理事として理事の職務執行の権限があつたとしても、同人らは前記条項による理事の職務執行として本件合併契約を締結したり、臨時総会招集の決議をしたものでなく、第七回通常総会で選任された理事の職務執行行為としてなしたものであり、――このことはみぎ総会で選任されたとされている十名が就任を承諾した事実、山田勝蔵がみぎ十名の互選により組合長となつた事実、山田勝蔵がみぎ十名の役員変更登記を申請した事実、当局から選挙手続の不適正を指摘された後においてもなおみぎ登記の抹消手続をしていない事実、理事会が前任の理事で当時生存していた九名で構成せられず、前記十名で構成されていた事実などからあきらかである――みぎ後任理事の選任が無効であるかぎり、山田らのなした合併契約の締結や総会の招集は絶対無効である。たまたま山田ら五名が前記第三二条第三項の規定により理事として職務を執行しうる地位におかれていたからといつて、みぎ条項により職務を執行したものでないかぎりその無効であることにかわりはない。

三、法によれば農業共済組合の役員の変更は登記すべき事項であり、登記すべき事項は登記の後でなければ第三者に対抗することができないのである。したがつて本件のように、後任の理事が就任し就任の登記手続を経由したけれども、みぎ理事の選任の手続が無効であるため任期満了により退任した理事がなお理事として職務を行うには前記就任登記を抹消した後でなければ、前記法条による職務執行行為であることを第三者に対抗しえないものと解すべきところ、山田らは前記のように新任理事十名の就任登記を抹消していないから、第三者である控訴人にたいし前記法条による職務の執行行為であることを対抗しえない。

四、かりに山田らが退任理事として法第三二条第三項により理事の職務執行の権限があつたとするならば、第三回臨時総会招集当時生存していた退任理事九名が理事会を構成すべきにかかわらず、昭和三一年一月二六日みぎ組合の理事会は退任理事五名と、正当な理事でないもの五名が関与して開催され、総会招集の決定がなされた。かように一部正当な理事の関与を欠くとともに、正当な理事でない者が関与してなされた決定は無効である。

五、かりに山田らが退任理事として前記法条により理事の職務執行の権限があり、山田らの行為を退任理事の処分とみうるとしても、同人らの行為はつぎの点で無効である。すなわち大崎農業共済組合は昭和三〇年五月八日開催された第七回通常総会において定款の一部を変更し、理事の定員を七名とする旨決議し、同年六月一〇日行政庁の許可をえている。したがつて組合理事の定員は七名であるから、理事選任手続無効のため前記法条により理事の職務を行うべき退任理事の数は改正された定款による七名に限らるべきである。それ故前記第三回臨時総会招集当時生存していた退任理事九名の全員が前記法条による理事としての職務執行権を有していたわけでなく、そのうち七名にかぎりこれを有していたものというべく、しかも退任理事九名のうち前記法条による職務執行権を有するもの七名を特定した事実はないから、組合を代表して合併契約を締結した山田にしろ、総会招集決議をした山田ら五名にしろ、果して前記法条による職務執行権を有する退任理事であるか、どうか、確定していないから同人らの行為がただちに有効と断ずることはできない。

六、かりに訴外山田勝蔵らのなした訴外大崎農業共済組合第三回臨時総会の招集が適法であるとしても、みぎ総会は定足数を欠いていたから本件合併の議決はその効力がない。

すなわち、みぎ総会は理事監事の選挙と本件合併の承認とを会議の目的たる事項として招集された。しかして、訴外組合役員及び総代選挙規程第五条によれば「選挙は総会において行う場合には総選挙権者の半数以上が出席しなければ行うことができない」のであり、当時の訴外組合の総組合員は七三八名であるのにみぎ総会における出席者は二九八名であつて半数に充たなかつた。選挙権は議決権とことなり代理行使を許さぬものであること勿論であるから、定足数を欠くものとして流会とするか、理事監事の選挙の件を撤回して議事を進めるかしなければならなかつたにかかわらず、訴外山田は開会を宣し、第一号議案として理事監事選挙の件を上程し、開票立会人を指名した上、投票を行う前に第二号議案として本件合併承認の件を上程し議決があつた後第一号議案の選挙を行つている。みぎ経過からみて二個の議案は一括上程せられたと解するを相当とし、一括上程した場合一の議案について定足数を欠いている場合には上程自体違法であり、違法な上程によりなされた議決(他方の)もまた無効に帰するというべきである。本件認可処分はかかる無効の議決を有効と解しているのであるから認可自体も瑕疵をまぬがれない。

(被控訴人の主張する事実)

一、(控訴人の一、二の主張にたいし)大崎農業共済組合第七回通常総会で理事に選任された十名がその就任を承諾したこと、山田勝蔵がみぎ十名の互選によつて組合長となつたこと、右山田が右十名の役員変更登記を申請したこと、この登記の抹消登記手続を当局から選挙手続の不適正等を指摘された後においてもしていないこと、事実上第七回通常総会で理事に選任された十名の者が理事として職務を行つていたことはいずれもこれを認める。

控訴人は、山田らが大崎農業共済組合を代表して他の農業共済組合との間に締結した合併契約、みぎ組合の第三回臨時総会の招集等の行為は組合の第七回通常総会で理事に選任されたみぎ山田らが後任理事としてした職務行為であつて法第三二条第三項による退任理事としてのそれでないからいずれも無効である、と主張する。しかしながら右山田らの行為が主観的には後任理事の職務執行行為としてなされたものであつて法第三二条第三項による退任理事としてなされたものでないことはにわかに断定しがたいところであるのみならず、法第三二条第三項は任期満了によつて理事の退任した場合に後任の理事の就任するまでの間の組合の執行機関の欠缺による組合活動の停止をさけるために、退任理事をしてこの間理事としての職務を執行させようとするものであり、しかも退任理事が特にその資格を明かにして職務をなすべきことを定めていないのであるから、この場合の退任理事の職務執行権は後任理事としてこれを行つたものであるか、または法第三二条第三項の職務執行者としてなされたものであるか等の主観的事情の如何によつてなんら影響をうけるものでなく、客観的にその存否を決定すべきものである。けだし控訴人主張のように、この場合退任理事の職務執行が主観的にみぎ条項により職務執行をしたかどうかによりその効力が左右されるとすれば、行為者の主観的動機如何によつて組合の対内的、対外的法律関係が動揺をきたし、はなはだ不安定となるからである。したがつて、山田らが任期満了によつて理事を退任した後、後任理事の選任されるまでの間に行つた合併契約の締結、臨時総会の招集等はいずれも有効であつて、この点に関する控訴人の主張は理由がない。

二、(控訴人の三の主張にたいし、)

農業共済組合の理事その他の役員に変更を生じたときは、その変更の登記をしなければならず、これをしないかぎり、これをもつて第三者に対抗することができないことは控訴人主張のとおりである。すなわち、理事その他の役員に変更があつたとしてもその旨の登記を経なければ組合はこれを第三者に主張することができないが、しかし、理事その他の役員に変更がない場合に変更の登記がなされてもその登記は無効であり、この無効の登記とは関係なく組合はその変更のないこと、すなわちひきつずき役員又は職務執行行為の権限のある退任役員であることを第三者に対しても主張できる筋合である。

本件についていえば、山田らは任期満了によつて理事を退任し、その旨の登記がなされ、また後任理事に選任された旨の登記がなされたのであるが、その選任が無効であるからその登記もまた無効である。したがつて後任理事に就任した旨の登記を抹消することなくして山田らの行為が法第三二条第三項による退任理事の執行行為であることを第三者に対抗することができるのである。

三、(控訴人の四の主張にたいし)

昭和三一年一月二六日に控訴人主張の理事会が開催されたかどうかは知らない。控訴人その他の主張は争うう。

法は理事会の招集、議決をもつて理事の権限行使の要件としていないのであつて、原則として理事の職務執行については、たんに理事の過半数によつて決することを要件としているにすぎず、その決定の方法をなんら限定していない。したがつて法第三二条第三項によつて退任理事がその職務を執行する場合においても、これらの者の過半数によつて決定すれば足りるのであつて、理事会を招集するとか、理事会に理事以外の者が関与したとかは、その職務執行行為の効力の有無になんら影響はないものというべきである。

四、(控訴人の五の主張にたいし)

訴外組合が昭和三〇年五月八日の第七回通常総会において、定款を変更して理事の定数を七名に減少したこと、同年六月一〇日附で行政庁がその認可をしたこと、その後においても退任理事九名中法第三二条第三項により職務執行権を有するもの七名を特定した事実のないことは、いずれもこれを認める。

しかしながら、任期満了による理事の退任後に理事の定数の減少があつてもそのため理事が任期満了によつて退任したという事実には変りがないから、定数の減少は法第三二条第三項による退任理事の職務執行に対しなんら影響がないものというべきである。すなわち、退任理事の数が理事の定数減少後の定数を超えることがあつても、このことは退任理事の職務執行権にかかわりなく、退任理事全員が法第三二条第三項による権限を有するのである。このことは任期満了による理事の退任後の理事の定数の増加があつたときのことを考えてみれば明瞭である。

五、(控訴人の六の主張にたいし)

法第一八条によつて議決権の代理行使は有効であるから控訴人の主張は理由がない。

理由

当裁判所は控訴人の本訴請求を失当として棄却すべきものと判断するものであつて、その理由はつぎのとおりつけくわえるほか、原判決理由にしるすところと同一であるから原判決理由のすべてをここに引用する。

一、(控訴人の一、二の主張にたいする判断)

法第三二条第三項による前任理事の権限が暫定的性質のものであることはことがらの性質上もとより当然のことであるが、みぎ規定の趣旨は原判決も説示したように、任期満了によつて退任した理事は後任の理事が有効な選挙手続によつて就任するまでその職務を行うことができることを定めたものにほかならないから、本件のように後任の理事の選任が行われたが、その選任が法律上無効とされる場合においても、なお、その適用があることもちろんであつて、山田ら五名は前任理事として任期満了後も理事としての職務権限を有していたものといわねばならない。なるほど山田ら五名の者が退任理事の職務の執行として本件合併契約、総会の招集等をなしたものでないことは被控訴人のあきらかに争わないところであるが、すくなくとも山田ら五名の者が前記組合の理事としてみぎ行為をなしたことは当事者間に争いのないところであるからみぎ行為当時山田らに新任理事としての地位を認めることができないが退任理事として理事の権限をみとめることができるとするならば(本件はまさにその場合にあたる)、法は退任理事が特にその資格をあきらかにして職務をなすべきことを定めていないのであるから、山田らの組合の機関としてなした前記各行為を無効とはなしがたい。

二、(控訴人の三の主張にたいする判断)

理事その他の役員に変更がない場合に変更の登記がなされてもその登記は無効であつて、この無効の登記とは関係なく、組合はその役員に変更のないことを主張しうること勿論であつて、本件についていえば、山田らが後任理事として選任された旨の登記は選任手続が無効である以上当然無効であるから、この登記を抹消することなくして山田らは、法第三二条第三項による退任理事として理事の権限を行使しうべく、組合は山田らの行為を同項による退任理事の執行行為として第三者に対抗することができるものといわねばならない。

三、(控訴人の四の主張にたいする判断)

法第四二条により準用せられる民法第五二条第二項は理事の職務の執行について理事の過半数をもつて決すべきことを規定しているのみでその決定の方法についてはなんら限定をしていない。したがつて法第三二条第三項によつて退任理事がその職務を執行する場合においても、これらの者の過半数によつて決定すれば足りるのであつて、いやしくも理事の過半数の決議がある以上、その決議にたまたま理事でないものが関与したとしても、また、他の四名の退任理事が決議に加わらなかつたとしても、そのいずれの場合においても、みぎ決定が有効であることにはかわりはない。

四、(控訴人の五の主張にたいする判断)

任期満了による理事の退任後に理事の定数の増減があつてもみぎ定数の増減は法第三二条第三項による退任理事の職務の執行にたいしなんら影響がないものと解すべきで、退任理事の数が理事の定数減少後の定数を超えることがあつても、退任理事全員が法第三二条第三項による権限を有するものというべきであるから、この点に関する控訴人の主張も理由がない。

五、(控訴人の六の主張にたいする判断)

訴外組合の昭和三一年二月五日第三回臨時総会の出席者が代理によるものを含めて議決権総数の半をこえるものであつたことは原判決にしるすとおりである。しかして成立に争いのない甲第一五号証の記載によればみぎ総会において第一号議案理事監事選挙の件、第二号議案他組合との合併承認の件、第三号議案設立委員選任の件が各上程され、控訴人主張のような経過で審議、選挙が施行された事実を認めることができるが、右経過からみてみぎ各議案が一括上程されたものと解しがたいのみならず、かりに一括して上程せられたもので選挙について定足数を欠いた事実があつたとしても、一括上程の各議案といえどもその効力は各別に判定すべきもので、本件合併の議決については定足数に達していること前段説示のとおりであるから、その議決が有効に成立したことをさまたげるものでない。

すなわち原判決は相当で本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 牧野威夫 谷口茂栄 満田文彦)

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